【図書新聞連載】図書館に会いにゆく――出版界をつなぐ人々
ハンデキャップのある人にとってやさしい図書館めざす
まずは1年じっくりと、本の宅配など福祉サービスの充実をはかる
第15回 栃木県・栃木市大平図書館・石原均館長
栃木県栃木市内の6図書館は、身体障がい者や高齢者、妊婦など、図書館への来館が困難な人に対して、図書館スタッフが図書や雑誌、視聴覚資料を無料で届ける「本の宅配サービス」を実施している。2009年から開始している同サービスは、市町村合併前の栃木県大平町の町立図書館からスタートした。当初は旧大平町限定でわずか4人の利用者から始まったが、1市5町を統合した栃木市が誕生した14年度には対象地区を市内全域に拡げ、年間377人(延べ利用者)が利用するサービスとなった。
15年4月に栃木市大平図書館の館長に就任した石原均氏は、これから1年をかけて本の宅配を含めた総合的な福祉サービスを一層充実させると意気込む。今回は、今年4月から施行される障害者差別解消法への対応が迫られている公共図書館へ、サービス対応のヒントになる話をしてもらった。
石原均館長
栃木市内全域で本の宅配サービス
──栃木市図書館が実施する本の宅配サービスの内容は。
「元々は、07年4月から栃木県大平町図書館の指定管理を受託した図書館流通センター(TRC)が、小山市図書館の導入例を参考に、09年9月からサービスを始めた。目的は、来館が困難な人にも図書館を利用してもらうためで、内容は現在も変わっていない。対象となるのは栃木市在住で、①身体障がい者、②高齢者、③妊婦、育児者、④その他図書館長が認める人。申込制で1年ごとの更新が必要となる。一度の貸出で利用できるのは、図書(2週間で読める冊数)、10冊以内の雑誌、5点以内の視聴覚資料。自宅から電話やインターネットなどのほか、配達に来たスタッフにも、直接借りたい資料の貸出を申し込むことができる。導入時に最もネックになったのは、最低2人の専用スタッフを雇うための費用。当初の指定管理料では難しかったため、厚生労働省のふるさと雇用再生特別基金事業の交付金を活用したと聞いた」
──同サービスの実績は。
「14年度は、月間で30人前後が利用し、最も多いのが『妊婦・育児者』で年間166人、次いで『高齢者』が115人、『身体障がい者』が96人。年間の宅配件数は541件、年間総貸出点数は4044点だった。妊婦などが多いのは、元から図書館の利用経験があり、館内の案内でサービスの存在を知っていたからだろう。当初は肉体的にハンデキャップのある方や高齢者の利用が多いかと思っていたが、そうなっていないのは、そうした方たちへの告知が充分ではなかったためだと推測している。現在利用者は、ほぼ月間30人前後で定着しており、今後はもっと利用拡大を図ろうと考えている」
──どうやって栃木市内全域にまでサービスを拡大したのか。
「市町村合併により、まず2010年3月に栃木市、大平町、藤岡町、都賀町が合併した。11年10月に西方町、14年4月には岩舟町と合併して、現在の栃木市となった。かつての1市5町には各市町村に1館ずつ図書館があり、合併後にそれらはすべて栃木市の図書館となった。2年前から市内5館の運営を、山本有三記念会とTRCの共同事業体で運営することになった。16年4月1日からは、岩舟図書館も同事業共同体が運営する。この合併の流れとともに、対象地域も市内全域に広がった。それに伴い、サービスの主体も大平から栃木市図書館に移っていった」
告知だけでは限界 制度を〝直接案内〟
ボランティアから寄付された点字図書
──利用者が一定以上伸びない理由は。
「一言で言えば、多くの市民が宅配サービスの存在をまだ知らないためだ。これまでの宣伝活動はホームページやチラシ、ポスターなどでの図書館からの告知にとどまり、認知には限界がある。栃木市の人口は約16万人で、図書カードの保有者数は6割を超えており、潜在利用者に向けてどう告知していくかが課題だ。中でも、身体障がい者の利用が最も低いことを喫緊の課題ととらえ、今後の方向性を検討するために栃木市の福祉課に話を聞いたところ、昨年11月末で市内には聴覚障がい者が739人、視覚障がい者が332人、合計で1000人以上もいるという。今後は、市の福祉課や社会福祉協議会や聴覚障害者協会、ボランティア団体などを通じて、ハンデキャップのある方々に直接、制度を案内していくことを検討している。まずは今年1年かけて、実際にそうした施設や団体を訪れようと考えており、いまはそのためのデータを収集している最中だ。また、かなり以前から、当館は毎月ボランティア団体から点字図書を寄贈してもらっている。相当な数をいただいているにもかかわらず、今は一部を開架に展示するのみで、これらを十分に活用できていないのも課題だ。点字図書を必要としている人に情報が伝わっていないから、このような状況になってしまっているのではないかと思う」
──本の配達だけではなく福祉サービス全体を充実させる考えと聞いた。
「本の配達サービスを含めて、ここ1年徹底的に福祉サービスに取り組もうと踏み切ったきっかけは、伊藤忠記念財団の電子図書普及事業を知ったことだった。障がいのある子どもを対象とした『わいわい文庫~マルチメディアデイジー図書』(紙の文章などを誰もが読むことができる電子書籍の国際基準規格をデイジーといい、それを用いて音声や動画などを再生できるように製作したもの)を同財団が基準を満たした施設に寄贈しており、さっそく当館も申し込んだ。200タイトルの作品を寄贈してもらい、iPadで再生して館内で利用してもらおうと考えている。同財団からの寄贈は、栃木県内の公共図書館では初だと聞いた。ハンデキャップのある人へのサービスが二番手、三番手になっているように感じる。私はこの長く続く〝現実〟を変えたいと考えた」
公共図書館として障がい者向けサービスが不十分
──これは4月から施行される障害者差別解消法をにらんでの取り組みなのか。
「同法の施行というよりも、8年目となった図書館長経験から、図書館が行う障がい者へのサービスが少なすぎるとずっと感じていた。元来、公共図書館というのは、乳幼児から高齢者まで、ハンデキャップのある人もない人も利用できる施設であるはず。私は公共施設として、ハンデキャップのある人にやさしい図書館でありたいと思っていた。だが、公共図書館と呼ぶには、まだまだ(健常者向けよりも)サービスが不十分であると感じる。例えば、よく図書館の書庫スペースの問題で、紙の書籍で著作権が切れた図書は電子書籍に代えて、書庫の有効利用を図るという考え方がある。スペースの問題も切実だが、導入する優先順位を考えれば、私はマルチメディアデイジー図書の方を優先したい。図書館で行っている障がい者向けサービスの存在すら知らない人も多く、サービスを享受したいと思っている潜在需要は多いはずだ」
──そこまで障がい者向けサービスに拘る理由は。
「私の母が函館のトラピスト修道院で育ち、『自分のために生きず、人のために生きなさい』と教えられて育った影響が大きい。図書館を運営するうえで、公共とはなんぞやと考えたときに、一人でも多くの人のためにサービスする、と私なりに公共の意味を咀嚼した。日の当たらないところに光を当て、社会的弱者やハンデキャップのある人に目を向けて、働きかけていきたいと考えるようになった」
──具体的な目標は。
「共同事業体ではあるが、大平図書館を通じて全6館で福祉サービスを拡充していきたい。本の宅配は、利用者の倍増が目標だ。同時に、図書館で障がい者の職場体験や職業訓練なども実施したい。さらに、図書館職員にもそうした方々を受け入れていきたい」
多彩な資料を収集「複本は持てない」
大平図書館 外観
──一部の文芸出版社が著者と合意した一部の書籍の貸出を図書館に猶予してほしいと考えているが。
「図書館を運営する立場として、無料貸本屋だと思ったことは一度もない。図書館が収集している図書が売れ筋ばかりだと勘違いされているのかもしれない。図書館は多岐にわたって図書を収集している。確かに、中にはリクエストを優先して購入する図書館もあると聞く。だが、多くの地方の図書館は複本をほとんど持てないはず。芥川賞、直木賞、本屋大賞の受賞作はそれこそ半年待ち、1年待ちとなるのだから、本の販売を阻害するほどのものではないと実感している。私が以前赴任していた八戸市立南郷図書館では、『1回も借りられない本』のフェア展示を実施した。その理由は、1回も借りられない本を、借りてもらうためではない。例えば1年に1回とか、1000人に1人とか、ほとんど借り手がいないとしても、図書館にはそうした貴重な図書も収集する役割がある、ということを知ってもらうために実施した。郷土資料などを中心に、資料の収集に励んでいる図書館があることを忘れてほしくない」
掲載:2016.01.20