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【図書新聞連載】図書館に会いにゆく――出版界をつなぐ人々

低コスト・高サービスという矛盾する運営課題が最も先鋭化する指定管理業務の現場
町おこしの中核か? 資料提供のみか?~図書館の相反する2つの見通し
第11回 北海道・苫小牧市立中央図書館・菅野耕一館長

指定管理者制度、地方自治体の財政難、多機能化・多様化するサービス、出版業界との関係など、公立図書館を取り巻く環境が変化している。ここでは、図書館員として、公務員と民間の両方の立場を経験している苫小牧市立中央図書館(北海道)の菅野耕一館長に、指定管理者制度と地方自治体の課題・問題を中心に話を聞いた。

菅野耕一館長
菅野耕一館長

民間企業への移籍 夕張の破たん契機

――菅野館長のこれまでの経歴は。

 「旭川中央図書館(北海道)でパート、嘱託職員として勤務した後、北海道日高管内・新冠町に正職員として採用された。そこで6年間キャリアを積んだ後、2008年、35歳の時にTRCに移籍し、市立釧路図書館の館長として配属された。14年4月からは苫小牧市立中央図書館長として働いている。私が民間会社に移籍したのは、夕張市の財政破たんが一つのきっかけだった。それまでは図書館を欠くことのできない暮らしのインフラと考えており、自治体は、財政不況下であっても、文化・教育施策の一環として図書館・室の運営を支えてゆくものと安心していた。しかし、夕張市では、財政難の中、図書館の存続問題にまで議論が及ぶに至り、非常に危機感を覚えた。また、北海道の多くの自治体は、人口減と財政難に苦しんでおり、これは今後、他の地域でも起こりうる事態と考えた。現在の図書館においては、より低コストで高サービスが求められるという、半ば矛盾する運営課題が共有されているように思う。この課題に対する図書館人としての構えを、当時の立場では持ちえないと判断し、その課題が最も先鋭化する場として今の会社に移籍した」

――当時は指定管理者制度が始まって間もない頃。市立釧路図書館でも反対運動が起こっていたと聞いたが。

 「導入前の反対運動は、着任後もくすぶっていた。しかし、反対運動で挙がった声に耳を傾けると、制度そのものが曲解されているような印象も受けた。具体的には、官営サービスが民営化することで、貸出が有料化されるのではないか、効率主義の中で、資料価値が高いが利用が少ない資料は廃棄されるのではないか、など。こうしたことは法律や自治体の業務仕様の中でしっかりと防止されているわけだが、理解をえるのには時間がかかった。運営開始からしばらくは、直営時代と何かひとつ違ったやり方をするだけで、利用者から反発の声が挙がり、苦労した。だが、2年目に入り、大きな転機を迎えた。自身はオブザーバーとして参加した『釧路市図書館基本計画』の策定議論の中で、資料数の不足・鮮度低下という同館の運営課題があがり、課題解決に向けた協働事業を行うことになった。その中に、反対運動をしていた団体の中心メンバーも含まれていた。近隣の根室市で、親子読書会が長く続けてきた古本市を参考に、実行委員会形式の古本市が企画された。市民から無償で募った古本を販売し、その売上で地元の書店・古書店から本を購入し、図書館に寄贈する――というもの。09年の初回は約3万冊の本が寄せられ、売上は50万円ほどになり、その利益で図書館に新しい図書を購入することができた。反対運動をしていた方々とも、『よりよい図書館にするためにはどうすればよいか』という前向きな話し合いができるようになった。今もこの古本市は続けられているが、図書館の運営課題を、管理者と利用者で共有し、改善に向けて協働するというよい流れの端緒になったと考えている」

苫小牧中央図書館の様子
苫小牧中央図書館の様子

 ――直営と民間、両方の立場を経験して、指定管理者制度についてどう考えるか。

 「指定管理者制度については、官善・民悪というトーンで語られることが多いが、少し違和感もある。例えば、民間事業者が個人情報を取り扱うことに対する不安を耳にする。だが、銀行の例で考えれば、民間事業者が預金者の個人情報のみならず、大切な資産も預かっている。要は、管理者として、どのように保護の仕組みを持つかという問題であり、官・民での単純比較は乱暴に感じる。これに限らず、制度導入についての議論は、本来、自治体と市民が『求める図書館像』を共有し、投入可能な予算を算定するところから始めるべきと考える。その上で、どの運営方式が最も費用対効果が高く、かつサービスの質・量を維持できるか、という観点で判断すべきだろう。導入可否に統一解はなく、自治体ごとの財政状況や利用ニーズに即した、個々の判断があって然るべきだろう」

 「また、実際に指定管理者制度の導入反対運動を行う方々に対峙してゆく中で、制度導入議論は、その時点での『図書館を運営するにあたり生じている課題』をステークホルダー全体で共有する機会になりえると感じている。指定管理者制度は、言ってみれば行政が定めたフレームの中で、民間事業者がノウハウと創意工夫をもって、サービスを創造することにより、住民が利益を受ける仕組み。行政、管理者、利用者の間で、課題や方向性をシェアすることが出発点になる。その意味では、釧路市においても、苫小牧市においても、人に恵まれてきたという実感がある。担当課のサポートのもと、利用者の声を運営に反映できてきたように思う」

 ――とはいえ、多くの地方自治体は指定管理者制度を導入する一番の理由に、財政難を挙げていると思われるが。

 「苫小牧市の方針が参考になるのではないか。苫小牧市では、現市長の方針により、制度導入によるコスト削減額を、一部資料費の増額に充てている。具体的には、直営時に約1800万円だった資料費を、制度導入以降は3000万円に増額している。受託する側として、これは心強いし、図書館資料の質・量が向上することで、市民サービスの向上にもつながっている。コストカットで得た資金を市民サービスの向上につなげる原資として、しっかり確保する事例は、全国的に水平展開してほしい考え方だ」

ワーキングプア 官・民共通の課題

――指定管理者制度を導入したことで、現場のワーキングプア問題が指摘されることがある。

「いちパート職員として図書館キャリアをスタートした者の実感として、ワーキングプアは官・民共通の課題と考える。直営図書館でも、窓口サービスの多くは、臨時職員、嘱託職員の有資格者が担うケースが一般的になっている。言葉が適切かわからないが、少なくない直営図書館では『内部委託』とでも言うべき事態が進行している。やや乱暴な図式化だが、高サラリー・少人数のゼネラリストが、低サラリー・多人数のスペシャリストをハンドリングしている構図がある。これは直営、指定管理館ともに共通する傾向だ。指定管理者制度の導入が、ワーキングプアを量産するというよりも、図書館の組織モデルそのものが、問題に直結していると考える。いずれにせよ、この構図は司書が専門性を高めることのモチベーションを阻害するし、司書を目指す者の入口を狭めている」

 ――佐賀の武雄市図書館や岩手の紫波町図書館など、図書館を中心とした市街地の活性化、図書館機能の多様化が話題になっている。

 「図書館の将来については、二つの相反する見通しを持っている。一つは町おこしの中核として図書館が機能するというイメージ。紙の本に加えてデジタルソースも活発に利用し、少数精鋭の司書が、高いリテラシー能力と企画のコーディネート力を発揮して、まちの情報拠点として図書館活用が活性化していく未来。もう一つは、投入できる行政コストが先細りし、資料提供という従来の根幹業務に特化していくイメージ。資料費を最大化し、その他の経費を極限まで圧縮していく方向。人員も資料管理者としての必要最低人数が配備されているかたちだ。前者であるよう努力を続けているが、図書館界全体の先行きは不透明だ」

 ――図書館の活用形態が多様化する中で、一部の出版社は、図書館の貸出が書店での販売を阻害していると指摘している。そこで一定期間の貸出猶予を図書館に要望しているが、どう考えるか。

 「ここ数年、図書館全体の貸出が減少している。無料貸出と有償販売の関係をはかるよいタイミングだと思う。出版文化において、図書館のミッションは読書推進と市場を外れた資料の収集・整理・保存にあると考える。つまり、読者にとっては入口と最奥部を担う機関である。以前、大手出版社の文芸担当編集者と話をしたとき、新刊の売上のほとんどは発売から半年の間に決まると言っていた。その半年に図書館が無償貸出することで、機会損失が起きている可能性はあるだろう。しかし、統計抽出の困難から、具体的データに基づく両者の相関関係を特定しづらい。例えば、ドイツのように定価の数倍の値を付けて図書館に卸すとか、雑誌の最新号のように一定期間は利用を館内閲覧に制限するなど、制度設計することは可能かもしれない。ただ、これらは出版業界と図書館界双方の全体整理の話であり、変更にあたっては法整備など大掛かりな改革が必要だろう」

 「地方都市では、書店がどんどん姿を消している現状は理解いただきたい。苫小牧市では、ナショナルチェーン以外の地元書店は4店くらいしかない。それぞれ棚づくりや販売方法を工夫なさっているが、扱う図書の絶対数やバラエティは限られる。書籍販売のチャネルが縮小する中、地方都市で万巻全書を直接手に取りたいと望むなら、図書館のほかに拠り所がない。そのような実情を考えると、図書館における資料の提供機会を阻害するような試みは、いち図書館人として決して望まない」

 ――出版産業が低迷している今こそ、出版社・書店と図書館の連携は必要になってくるのではないか。

 「図書館の利用低下、書籍の売上低下など、本を取り囲む状況で明るい話題を目にしない。そのような中では、個別の利益を追求するよりも、本好きを増やす、読書人口を広げるという、大目標を共有することが大事だろう。小さな取り組みではあるが、苫小牧市立中央図書館で作家講演会を開くときは、会場で地元書店に書籍を販売してもらっている。多くのケースでは、出版社の担当編集者が事前調整に協力くださり、良好な関係を切り結べていると思う。また、12月には小学館とタイアップして、小学生向けの辞書引き教室を開催する。これは釧路のカトウ書館という書店からの紹介で開催する運びになった。ここでも地元の書店組合に依頼して、希望者に辞書を販売してもらうことになっている。図書館として公共性・公益性を保ちつつ、図書館の読書推進活動を通じて地元住民である読者の裾野を広げたい。本を囲んで、著者と読者だけではなく、出版者、書店員、図書館人が出会う場として、図書館が機能すれば何よりと思う」

 ――最後に苫小牧市立中央図書館の課題や現状について。

 「若年層、とくに10代の利用が少ない。試験勉強など学習室利用は多いのだが、資料利用に結びついていない。そこで、今年8月からYAコーナーをリニューアルし、市内の中学・高校に新刊情報などを掲載したフリーペーパーを定期配布している。どうも、図書館は読書する場所、勉強する場という固定観念が強いようだ。図書館には、就職・進学に役立つ資料もあれば、内面の悩みに応える資料もある。まずは図書館を彼らの行動範囲に含めてもらい、そのうえで関心に沿って本を手に取り、やがて図書館の機能に気づいてもらえたらと考えている。高校生に限らず、『使える図書館』として、市民に頼られる施設になることを目標としている」

図書新聞 第3227号 2015年10月24日 (土曜日)より 許可をいただいて転載しています。

掲載:2015.10.23