片言隻語

第23回 図書館・情報学の重要性

 今年もノーベル賞受賞者の発表シーズンとなり、化学賞に日本から8人目、総合計で27人目となる吉野彰氏の受賞が発表された。素晴らしいことで、誠に慶賀の至りである。吉野氏の本務が大学ではなく民間企業の研究者ということでは日本人受賞者としては田中耕一氏に続く二人目ということでもあり、大いにその受賞を喜びたい。
 あまりメディアでは取り上げられないが、日本のこの種の受賞に際して、大学の世界では、官学(さらには旧帝大とその他)と私学、そして大学・研究専門機関と産業界の間には、暗黙の階級付けが行われる古い体質も残っている中での吉野彰氏の快挙であった。専門家の間では日本からの吉野氏の対抗候補として挙げられていた候補者も民間企業の研究所の人であったと言われている。これは日本での大学外の研究機関水準の向上の証しでもあろう。外国では、特に、文学賞と平和賞を除くノーベル賞の選考のような場においては、このような日本の一部に見られる、差別的な対応は比較的少なく、その影響もあって、近年、日本の私学の関係者や製薬企業、田中氏、吉野氏のように民間企業からの受賞者もみられるようになったともいえる。これは特定のいわゆるコア・ジャーナルに論文が掲載されて、その論文に示された研究成果が「インパクト係数」などでの研究の質について、一定水準にあることが証明され、さらに同一分野の他の研究者にも大きな影響を及ぼしているというノーベル賞の選考方式・基準に合致すれば受賞候補になる確率が高まるからなのであろう。となれば、このように各研究者の研究活動の成果である論文を、それぞれの分野におけるコア・ジャーナルと認められている学術雑誌に掲載させ、さらには研究者にはどのような研究が各分野において目されているかを、インパクト係数をはじめ、論文上での様々な参照や引用関係などを分析・把握して、当該分野の競合研究者の最近の研究成果の発表動向なども含め、助言できるような有能な司書や情報管理担当者が必要になることは言うまでもない。今後も日本から同様のペースで受賞者が出るためにはどうすることが必要かと問われて、最近のノーベル賞受賞者が異口同音に、「それには基礎研究が大事である。」と答えている。

 基礎研究とは、単に、基礎理論研究分野と言うだけでなく、研究活動をサポートし、社会的にも個人的にも保護・支援を受けられる体制を確立することまでを視野に入れなければならない。吉野氏は産業界出身者にふさわしく、日本の研究開発分野の将来について、「川上部分は大丈夫ですが、日本は川下が弱い。」と答えている。半導体事業などを例に解説すれば、川上とは基礎理論であり、理論研究者の活動であって、川下とは、新技術の企業化や企業化された事業の国際化・大規模化のことであると考えれば、わかりやすい。実際、ここ30年ほどの間に、かつて日本が世界に誇った半導体事業がいつの間にか、外国に乗っ取られた格好になっているのは、まさにこのとおりかもしれない。このような事態を招いた原因としてはいろいろなことが考えられるが、その一つには、図書館活動、特に企業専門図書館活動に対する関係各方面の関心の低さがある。企業専門図書館活動とは、言い換えれば企業情報管理業務のことである。企業情報管理とは、企業の重要情報の漏洩を防止し、産業スパイの活動を防ぐためのビジネス・インテリジェンス活動を含んでいることは言うまでもない。そして、この活動の基礎の基礎には図書館活動がある。企業や大学の研究図書館では、一つの研究プロジェクトが始まると同時にそのプロジェクトに属する研究者が一斉に図書館で情報探索を開始する。それが過ぎると、集めた情報に基づき各自の仮説に基づく実験が開始され、その成果が出ると、再び図書館で、得られた成果が既に他の研究者によって、発表されていないかどうかの確認を取るための文献調査・情報確認に戻る。司書はこのように文献利用の側面から、研究プロジェクトの管理に協力する。文献や資料を利用に供せばそれで終わりではなく、その後の情報利用者の行動を研究・技術管理者と協力して注視するのである。このような図書館司書の活動を、一部の情報技術・データ処理の関係者は「キュレーション(curation)」と呼んでいるようである。このキュレーションが企業専門図書館のみならず、大学図書館等においても必要なことを、吉野彰氏の言葉から汲み取っておくことが必要ではないだろうか。

高山正也 

(掲載日:2019年12月6日)

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