続・片言隻語
第12回 デジタル・イノヴェーションの襲来:電子情報資源の書誌コントロールに向けて(後編)
「広島AIプロセス」
この広島AIプロセスへの取り組みについての対応では米国は早速ホワイトハウスが、「国際指針作成」への国際的主導を取ると発表しており、米国の経済関係団体や文化学術系団体もそれに対応することを表明している。また、米国の非営利団体「センター・フォー・AI ・をもたらすセーフティー」は「AIのリスクの軽減はパンデミックや核戦争などの他の社会規模のリスクと並んで、世界の最優先事項である。」と、高度なAI (人工知能)が人類の将来の繁栄にとっての大きな危険となる可能性についての警鐘を発した。
日本では、5月末までのところ、産、官、学の全ての分野で、まだ生成AI に対する動きは始まったばかりであるが、主な動きを以下に列挙する。
(1)政治面:自民党の「本屋議連(自民党国会議員による議員グループ、「街の本屋さんを元気にして、日本の文化を守る議員連盟」)が、書店のDX化を支援する過程で、公共図書館とも連動して、デジタル化を推進し、それを今夏の「骨太の方針」に明記して、来年度の政策に反映することを狙う。
(2)研究・開発面:理化学研究所のスーパー・コンピュータ「富岳」を用いて、東京工業大学と富士通の研究グループによる日本語AIの研究開発、その基礎技術を年度内に公開する。
(3)行政面:
①政府のAI戦略会議(座長;松尾豊 東大教授)
AIに関する政策の論点整理を行った。それによれば、 AIのもたらす変化は日本にとって、産業革命やインターネット革命を超える利点をもたらす大きなチャンスの到来であるが、その一方、個人情報の不適正利用や、偽情報の氾濫などのリスクもある。生成AIの利活用とリスクへの対応のバランスをとる必要があることを指摘した。
②政府の知的財産推進戦略本部
「知的財産推進計画2023」をまとめ、この中で生成AIにより生ずる諸問題への懸念を示し、論点整理と必要な方策を検討する。
③内閣府、公文書管理課が事務局を務める「公文書管理委員会」では今のところ、生成AIの関しての討議予定はない、とのこと。
終わりに:図書館の対応;目録論への回帰(デジタル書誌コントロールの必要性)
このままでは、またまた日本政府はパリ講和会議で、世界で最初に人種差別反対の人類史上画期的な提案をしながら、その功績を十分に活用できなかった。第二次大戦後は戦後の廃墟の中から世界第二位の経済大国になり、半導体の世界的生産拠点となりながらも、グローバリストの暗躍で、その成果が一挙に失われ、日本は失われた30年の暗黒の迷路に追い込まれたと言う過去の大失敗の二の舞、三の舞を再び演じることになりかねない。生成AIの日本並びに関係諸国の動きにうまく対応しないと失われた30年のトンネルからまだまだ抜け出せなくなる恐れがある。日本の産官学のこの問題への取り組みを注視しなければならない。
幸いに図書館は紙の本の時代に紙の出版物による知的情報資源を対象とした書誌コントロール(bibliographic control)を実践してきた。この書誌コントロールの手段に用いた目録の作成とその活用のノウハウを有している。
既に20世紀末から今世紀初めにかけて、デジタル情報資源の増大を受けて、関係国際機関が書誌コントロールに関わる国際標準を発表している。その代表例は次の通り。
①目録法
IFLA(国際図書館連盟)を中心に、紙の時代の目録法の「パリ原則」に代わる「FRBR (書誌レコードの機能要件)、書誌記述の基礎となるISBD(国際標準書誌記述)等を刊行。
②メタデータ
ダブリン・コア(Dublin core)やRDF(Resource description framework)等のメタデータ関係の標準化が国際的非営利団体(W3C; World Wide Web Consortium)によって行われており、国立国会図書館は情報資源の組織化および利用提供のためのメタデータ標準として「国立国会図書館ダブリンコアメタデータ記述(DC-NDL)」を定めている。
③標準番号と識別子等
目録法ともつながりの深い「ISBN(国際標準図書番号)」、「ISSN(国際標準逐次刊行物番号)」はそれぞれ、ISO2108, ISO3297として、国際標準化されている。
また、学術論文における参考文献の書き方や学術雑誌名や機関名の略記法、学術雑誌の紙面の形式などの標準はISO/TC46 で標準化されており、わが国では「科学技術振興機構」が管理する「科学技術情報流通技術基準(SIST)]として国内の基準が制定されており、その維持管理にはNII (国立情報学研究所)が関与しているはずである。
今や既に、SNS上を多量のデジタル情報が飛び交い、ここに、多くの人工知能が生身の人間を装って書いた人工メッセージが加わる情報環境となった。この生成AI が多量に流通する環境下で、全ての情報の流通を放任し、それらにアクセスする自由を許容し、情報の流通の形式や量を時間的にも地理的にも何らのコントロールを加えることなく、放任してよいのであろうか。フェーク情報が増大する中で、ファクトの情報の流通を支援する必要はないのだろうか。
それらの問題は大学図書館や専門図書館等の他館種の話であって、公共図書館や学校図書館は関係ないと言えるであろうか。館種間の壁や境界線は技術の革新と共に低くなり、図書館とアーカイブズや博物館の境界も人工知能の発展の下で、ますます不明確になりつつある。その一方、図書館の長年の歴史の中で培われた伝統や文化、ノウハウが今や情報技術の最先端で求められることも少なくない。今一度、他館種や、生涯学習機関だけでなく、広く学術、電子情報資源の世界にも視野を広げ、急速に変化する情報環境に在って、図書館が求められていることは何かを考え、見つめ直す時ではないか。
にもかかわらず、日本の図書館界はこのようなAIの最先端技術の利用の結果生じる諸課題への対応に対する反応が鈍く、せっかくの図書館界の蓄積された書誌コントロールの手法やノウハウの活用への動きもない。
仮に日本がこの先少子高齢化社会に向かわざるを得ないとしても、末永くG7での政治・経済・文化などの問題について主導的立場を維持するためには、今まで日本では社会的に無視されていた図書館での情報資源流通の取り組みのノウハウやルールを広い視野の下で、アッピールして、国際的な情報資源流通の標準に即した対応が求められている。